2004-10-01から1ヶ月間の記事一覧

マゾ

とはいえ、むろん、否定しているわけじゃなくて、もちろん、原理的に新しいとか言って、興奮しているわけでもなくて、ただ、こうした状況を受け入れてしまっているようなところが強くて、こういった感覚は、ある部分では、マゾヒスティックだよなって思うと…

ネットの中の他人の欲望

むろん、他人の欲望に指さされる形で自分の欲望が対象を見つけるという図式は新しくないのだけれども、その量というのが、ある部分では、新しい気がすることも確かです。 今までは、他人の欲望をなぞるとしても、それが示されるのは雑誌であったり、本であっ…

ネットライフ

他の人のブログなんかをじっくり見ている時間はないはずなのですが、今一度家でじっとしていないといけない時などは、やっぱり見てしまいます。 インターネットを導入した頃は、結局、ネットを見ると言っても、そんなに必要な情報があるわけでないし、といっ…

天皇発言

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann/20041028/20041028-00000038-ann-soci.html 国旗と国歌は「強制になるものでない」天皇陛下 天皇陛下が、教育現場での「日の丸」の掲揚や「君が代」の斉唱について、「強制になるものではない」と話されました。…

郵政民営化

と、長々と書いてしまったので、もう止めにしようと思っていたところで、今日の日経に「郵政改革“本丸”はマクロ経済・「政治学」では解決しない」との論説を発見。基本的に、日経が経済のことばかりを考えるのは良いとして、やはり、この記事というか、日経…

「裁判」における正義

あと、イエルサレムの「裁判」における「正義」のあり方にも、きちんと注目しておかなければならないとも思う。東京裁判もそうだけれども、こうした性格をもつ「裁判」において、それこそ、歴史修正主義者の馬鹿どもが、その正当性をあげつらって何かを言っ…

行政機構の「陳腐さ」

その考えるきっかけの中で、個人的に特に関心があるのは、ひとつは行政機構の危険性、つまり、「陳腐な悪」が表象不能な悪にまで昇華される(といって良いのかどうかは分からないけれど)までの過程であり、本来ならば、『全体主義の起源』にあたるべきなの…

『イエルサレムのアイヒマン』

言うまでもなく、ハンナ・アーレント。アーレントの著作でいえば、『全体主義の起源』をいつかまとめて読んでしまいたいと思っているのだけれど、何しろ大部なものだから、今はその余裕がない。 それはともかくとして、この本も薄いけれど、それなりにへヴィ…

デリダ

特に感慨というほどのものはないのですが、デリダが死んでしまいましたね。アルチュセール、ラカン、フーコ、ガタリ、レヴィナス、ドゥルーズといったフランスの思想家の大物の最後の生き残りというか、そういった存在だっただけに、寂しいという気もします…

『ゴーリキ・パーク』

『ゴーリキ・パーク』は読み終えました。盛り上がったところで、ほかの用事が入るみたいな断絶的な読書になってしまい、どうも盛り上がり切れなかったところもあるのですが、印象を言えば、まあまあです。みんなが面白いと言うほどまでは面白くはないような…

『ゴーリキ・パーク』

今更ながら、これも読んでいます。『寒い国から来たスパイ』もそうだけれど、冷戦構造を前提としているフィクションというのは、基盤がしっかりしているので、安心して読むことができ、しかも、基盤を整えるのに手間がかからないだけ、他のところに手が行き…

『煙草は崇高である』

ウェブの古本屋を何となく見ていたら、この本を発見して、懐かしさのあまり購入してしまいました。最後の頁をみたら、97年に初版ということなので、ずいぶんと前の本になってしまったことに涙ぐみそうになりました。 当時も買おうかどうしようか迷ったけれ…

『麻雀放浪記』

『麻雀放浪記』を読み終えました。番外編は除いて、本編だけで三冊あったので、最後のほうは結構飽きましたが、興味深かったのは、敗戦直後からある程度世の中が落ち着いてきて、たぶん、朝鮮戦争の特需の時代くらいになるまでの話の流れで、だんだんと、シ…