ヤノベケンジ「キンダガルテン」

 でも、企画展に脚を踏み入れるや否や、僕たちは途方にくれることになる。クラッシックを聴いていたつもりが急にスウィッチが切り替わって、ヒップホップになったかのような眩惑。常設展示と企画展示のあいだには、リズムと言い、メロディーと言い、まったく異なった音楽が流れているかのような断絶がある。
 例えば、僕たちが最初に眼にするのは「ジャイアント・トらやん」というオブジェだ。いや、オブジェという言い方さえも似つかわしくない。むしろ、ロボットと言ったほうがその印象を正確に伝えられる。およそ7・5メートルの身体を有する、このロボットは、僕たちがしばしば目にしているものに似ている。つまり、アニメーションに出てくるような姿。しかも、ロボットないしモビルスーツという言葉も本当は正しくない。そこには、よりユーモラスでかわいげな風情が漂っている。それもそのはずで、作品の解説によれば、こういうことになる。

ヤノベケンジの作品史上、最大規模を誇る、腹話術の巨大人形。<<ジャイアント・トらやん>>は子どもの命令のみ従う巨大なロボットである。それは歌い、踊り、火を噴く?子どもの夢の最終兵器。畏怖と恐怖、希望や祈りといった感情を託する巨人神話は今も生き続けている。
(「キンダガルテン」パンフレットより)

 つまり、これは腹話術人形なのだ。鋼鉄によって作られた腹話術人形。
 そういわれてみれば、これを囲んで踊るように設置されている数多くの人形たちもまた、腹話術人形(「トらやん」)たちである。しかも、なぜだか不明だけれども、これらの人形は黄色いスーツ(解説に従えば、アトムスーツ)を着用しており、まるで、それらの腹話術人形(ご丁寧にも、鼻の下には、ちょび髭がおかれている)たちがこの場所で遊んでいるかのように配置されている。
 コスースやホルツァーの作品を適当な解釈で切り抜けてきた僕たちは、こうした光景を目の当たりにして、少なからぬショックをうける。ヤノベの作品郡は、欧米の現代美術のテーマ系からは大きく逸れている。だから、それと同じような解釈格子を使っていたら、ヤノベの作品を理解できない。もちろん、村上隆のスーパフラットの系列で考えることもできるかもしれないとも思う。でも、そんな簡単なものなのだろうかという疑念もある。それで、「さて、どうしたものか」と考える。
 こんな戸惑いを覚えながらも、僕たちは次の展示物に眼を向ける。すると、次々と、なにが意図されているかは分からないけれども、人を驚かせるような様々なオブジェないしインスタレーションが開示されていく。