失踪

 失踪したいのです。
 もちろん、いつも失踪したいと思っているわけではなくて、たまに、こういっただるい気候になると、だんだん頭の中がむずむずしてきて、いろいろなことが混ざり合い、ついには、すべてが面倒になってしまい、失踪したくなるのです。
 とはいえ、僕には、失踪したところで手に職があるわけでなし、四畳半のアパートで生活を始めるくらいの貯金しかない。そのうえ、僕は、食い詰めてしまえば、前の生活が良かったなどといった夢想をはじめる脆弱な人間なものだから、失踪がうまくいくとは思えません。
 もっと言えば、失踪がうまくいったところで、それが日常になってしまえば、そこからまた失踪したくなることも分かりきっていて、そこまで至ると、もう失踪なのか何なのかよく分からないだろうし、そもそも失踪することで、今僕を支えている失踪というユートピアを失ってしまうことが恐ろしくてならない。だから、仕方がなく、今は失踪したいとだけ考えて、日々を過ごしているのです。