NHKの編集権

 NHK職員の不祥事というか業務上横領について思うのは、まあ、ありうるだろうなということです。組織が大きくなればなるほど、個人の裁量権が大きくなるものだし、チェックの目も届きにくくなるわけだから、そういうことは起こりうるのです。
 だから、そのこと自体は業務上横領罪として刑事事件で個人の責任をとってもらうしかないと思います。そして、NHKは刑事告訴をしているのだから、内部的には、それで処理は終わりということになっても構わない。
 でも、それとは別に、僕が不満に思うのは、そうした業務上横領が行われた素地を明らかにするために行われる海老沢に対する国会での参考人質疑を放送しなかったということです。これは「編集権の問題」だとのことらしいけれども、果たして、そこまで「編集権」という裁量に任されるものなのか。
 より具体的に言って、僕が考えたいのは、NHKが海老沢の国会の参考人質疑を放送しなかったことが、法的に責任を問えることなのかどうかということです。
 当たり前のことから述べるとすれば、国民の知る権利というのは、憲法21条の表現の自由を保障するための前提として保障されています。憲法は対国家的な国民の権利を第一義的には保障するものなので、これを直接に特別法人、つまり、私人であるNHKと国民のあいだの関係に適用することはできません。しかし、憲法で保障された権利については、その趣旨を私法の一般条項の解釈に含ませることによって、私人間においても、これをできるかぎり保障していこうというのが最高裁判例三菱樹脂事件だっけ?)になっています。だから、今回のことについて、NHKに国民の知る権利を述べることは筋違いではない。
 それで問題になるのは、では、NHKに民法不法行為責任ないし債務不履行責任が問えるかということです。
 まず、債務不履行責任ですが、一般視聴者とNHKの間には、何らかの契約が成立しているとは言え、おそらく、その契約の趣旨は特定の番組を放映するという債務をNHKが負うといったものではなくて、電波を各受信機に到達させる、ないし、テレビでいつも見れるようにするといったレヴェルに留まるように思います。だから、今回、NHKが国会参考人質疑を放映しなかったことをもって、債務不履行責任を問えるというものではないということになりそうです。
 次に、不法行為責任は問えるか。不法行為が認められるためには、行為の違法性が必要で、その違法性が認められるためには、行為者の故意ないし過失が認められる必要があります。今回のNHKの行為につき、故意・過失は認められるか。
 恐らく、NHK側はここで「編集権」という裁量を持ち出してくるように思います。たしかに、NHKは何を放送し何を放送しないかにつき、裁量権を有しているのは間違いないでしょう。しかし、この場合の裁量についても自ずから限界があるのであって、特に、国会の参考人質疑、つまり、国会の国政調査権の発露につき、全く放送しない、または、報道しないということになれば、明らかに裁量の限界を超えているということになるように思います。
 そうであるにせよ、NHKは生放送をしなかっただけであり、全く報道をしなかったというわけではないという反論がありえるように思えます。確かに、それをいついかなる方法で報道するかという点については「編集権」という裁量に任されているはずだという反論は的を得ているように思えます。
 しかし、ここで、もう一度、憲法が国民に保障している知る権利の趣旨を考えるべきだと思います。つまり、生放送においては、すべての答弁がそのまま流れる一方で、NHKのニュース番組では、NHKの好きな場面しか移らない。もし、ノーカットでその答弁の様子が深夜に放送されるならばまだしも、ニュースでしか放送されないということであるならば、その点において、国民が国会の答弁を知るという機会を奪っているのであり、その点につき考慮しなかったことについて、少なくとも過失は認められるように思うのです。
 そこで、故意・過失が認められるとして、民法不法行為が成立するのかという点について考えると、これはやはり難しいでしょう。違法性の要件は大丈夫だと思うのですが、その他の要件として、損害の発生、行為と損害の間の因果関係というものがあって、ここで、視聴者に財産的な損害を認定するのはかなり難しい。せいぜい、損害ということになれば、受信料ということになるのだろうと思いますが、常識的にいって、国会の参考人質疑が放映されなかったからといって、受信料につき損害が生じているとはいえない。